ファーロード

第47回ダーチャに泊まる②

涙を出し切って落ち着きを取り戻すと、ますます自分の不甲斐なさに落ち込んだ。イリーナに、呆れられたにちがいない。そうなってくるともうこれ以上、ここにいてもイリーナたちに迷惑をかけるだけだろう。しかしすぐさま日本へ帰ることはできない。日本への飛...
ファーロード

第46回ダーチャに泊まる①

ダーチャへ行くことになった。私にとってはたいへん急な話だった。ロシアの7月は陽が長い。5時に仕事が終わったあとも、遠出を楽しむことができる。その日のお勤めを終えたイリーナは、ワロージャの運転で私を迎えにきた。郊外へ出てからしばらく山道を走っ...
ファーロード

第45回「シベリア出兵」とチタ

チタという町に住む研究者のイリーナさんに会うため、私はハイラルから国境を越えた。彼女の本に私はイルクーツク大学図書館で出会い、彼女を訪ねることになったわけだが、そのくわしいいきさつは、もう少しあとで書く。イリーナ氏との面会について、事前交渉...
ファーロード

第44回非常勤講師の夏休み

「前期」の授業を終えた直後、たった一人で日本を脱出した私は、北京空港でもみくちゃにされていた。まだ朝の5時だというのに人、人、人・・・あっちこっちからものすごい数の中国人が押し寄せてきて、身動きがとれない。人数が多いだけでなく、彼らはたいへ...
ファーロード

第43回ロシア人には「ダーチャ」がある

ロシア人の友達もたくさんできて、家に招かれるなどするうち、私は極東を含むこのシベリアという地域の人びととその暮らしに、ますます惹かれていく。かつて行き過ぎた資本主義にまみれていた私から見ると、彼らは地に足がついていた。よけいな贅沢をしない。...
ファーロード

第42回ロシア極東の村・リドガの製材工場へ

商社時代の父の後輩であった沖田金次郎さんに、リドガ(コムソモリスク・ナ・アムーレ方面)というロシア極東の村へ、連れて行ってもらったことがある。幼なじみの早苗ちゃんも、一緒だった。沖田さんは二十年ほど前に総合商社のニチメン(現・双日)から独立...
ファーロード

第41回50歳からロシア語を学ぶ②

大学を卒業して四半世紀たっている。「おばさん」と呼ばれる年頃になって久しく、私は「お母さん」にはならなかったけれど、よのなかの多くの「おばさん」や「お母さん」は子育てをしたり家事をしたり、人によってはお勤めに出たりと忙しく、学校に通っている...
ファーロード

第40回50歳からロシア語を学ぶ①

幼なじみの早苗ちゃんとの再会を機に、私はロシア語を習い始めた。早苗ちゃんの勤めるJIC旅行センターでは、ロシア語教室が開かれていた。そこへ通えば、毎週、早苗ちゃんと会える。それにロシア語ができるようになれば、私の「クロテン取材」は充実するこ...
ファーロード

第39回『悪魔の飽食』合唱団と中国・黒竜江省ハルビンへ

ここまで書いてきたように、一時期の私はロシア極東地域へ頻繁に出入りしていた。最初のきっかけは『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館・2014年)を書くためだったが、前掲の書が出版されたあとも、自力でロシア取材を続けていた。にわか研究...
ファーロード

第38回ルースキー島(Русский Остров)

「いよいよ日露平和条約締結か?」時は第二次安倍政権、私の周囲のロシア関係者内でもときどき聞こえていたその話が、幾度かの首脳会談をへて「これはひょっとして、ひょっとするかも・・・」との盛り上がりを見せていた頃、私はルースキー島を訪れることにな...