ファーロード

第45回「シベリア出兵」とチタ

チタという町に住む研究者のイリーナさんに会うため、私はハイラルから国境を越えた。彼女の本に私はイルクーツク大学図書館で出会い、彼女を訪ねることになったわけだが、そのくわしいいきさつは、もう少しあとで書く。 イリーナ氏との面会について、...
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第44回非常勤講師の夏休み

「前期」の授業を終えた直後、たった一人で日本を脱出した私は、北京空港でもみくちゃにされていた。 まだ朝の5時だというのに人、人、人・・・あっちこっちからものすごい数の中国人が押し寄せてきて、身動きがとれない。 人数が多いだけでなく、彼ら...
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第43回ロシア人には「ダーチャ」がある

ロシア人の友達もたくさんできて、家に招かれるなどするうち、私は極東を含むこのシベリアという地域の人びととその暮らしに、ますます惹かれていく。 かつて行き過ぎた資本主義にまみれていた私から見ると、彼らは地に足がついていた。よけいな贅沢を...
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第42回ロシア極東の村・リドガの製材工場へ

商社時代の父の後輩であった沖田金次郎さんに、リドガ(コムソモリスク・ナ・アムーレ方面)というロシア極東の村へ、連れて行ってもらったことがある。幼なじみの早苗ちゃんも、一緒だった。沖田さんは二十年ほど前に総合商社のニチメン(現・双日)から独立...
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第41回50歳からロシア語を学ぶ②

大学を卒業して四半世紀たっている。「おばさん」と呼ばれる年頃になって久しく、私は「お母さん」にはならなかったけれど、よのなかの多くの「おばさん」や「お母さん」は子育てをしたり家事をしたり、人によってはお勤めに出たりと忙しく、学校に通っている...
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第40回50歳からロシア語を学ぶ①

幼なじみの早苗ちゃんとの再会を機に、私はロシア語を習い始めた。 早苗ちゃんの勤めるJIC旅行センターでは、ロシア語教室が開かれていた。そこへ通えば、毎週、早苗ちゃんと会える。それにロシア語ができるようになれば、私の「クロテン取材」は充実す...
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第39回『悪魔の飽食』合唱団と中国・黒竜江省ハルビンへ

ここまで書いてきたように、一時期の私はロシア極東地域へ頻繁に出入りしていた。最初のきっかけは『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館・2014年)を書くためだったが、前掲の書が出版されたあとも、自力でロシア取材を続けていた。にわか研究...
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第38回ルースキー島(Русский Остров)

「いよいよ日露平和条約締結か?」 時は第二次安倍政権、私の周囲のロシア関係者内でもときどき聞こえていたその話が、幾度かの首脳会談をへて「これはひょっとして、ひょっとするかも・・・」との盛り上がりを見せていた頃、私はルースキー島を訪れること...
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第37回マースレニッツァとロシア極東連邦大学・函館校

シベリア鉄道で移動中に風邪をひいた。 排気ガスにまみれた空気を掻き分けて、姿をあらわした浦塩本願寺跡のくすんだ光景――それ以外の記憶がほとんどない。 そういえば、空港のチェックインで並ぶ列にて、サハリンから来た女の子と知り合った。 日...
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第36回初めてのウラジオストク

シベリア鉄道の終点ウラジオストク駅にぶじ到着したものの、私はフラフラだった。 駅に着いたのが早朝で、迎えにきてくれたガイドさんとクルマでホテルへ向かったが、その間どんどん具合が悪くなっていった。全身ゾクゾクしたのは幽霊さんのせいだけではな...
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