第68回シンガポールにホームステイ3

窓から外をみる。
いっせいに飛び立つ鳥の群。
気持のよい朝。きのうよりさらに疲れが取れている。
体調よし、気分おだやか。気候もおだやか。
暑すぎない、冬のシンガポール、気に入った。

昨夜はカズミちゃんとショーンの仕事終わりで、飲茶の店「Tim Ho Wan」へ。
HDBフラットの一角を、東西線ラベンダー駅のほうへ抜けて、歩いて10分ほどのところにお店がある。
チーチョンファンというエビのお料理が美味しかった。チョンファンとは腸粉のこと。米粉でできているが、「腸に似ている」からこの名前だそうで。カズミちゃんは子供の頃に住んでいたロンドンで、この料理を知ったのだそうだ。お父さんの好物だったらしい。
デザートのクコの実のゼリーをおかわりした。

きょうは地下鉄で、オフィス街へ繰り出す。タンジョン・パガーという駅へ行く。そこで川田くんと待ち合わせ。川田くんは大手商社マンでシンガポールに駐在中。彼も中学校の同級生である。川田くんの駐在オフィスは、タンジョン・パガー・セシルストリートにある。

出がけに冷蔵庫のキウイを一個いただいて、フラットの外へ。
ドアに鍵をかけ、一歩踏み出す。
手元で鞠のキーホルダーが揺れている。
キーホルダーを持つ指先に目を落とすと、日本を発つ前に塗った赤いマニキュアがすっかりはげている。川田くんとの約束は午後一時。ネイルサロンが近所にたくさんあるので行ってみようかと思ったが、この時間では、まだあいてないか。
カズミちゃんはネイルサロンなど行かないと言っていた。マニキュアは自分で塗ると。カズミちゃんはエリートキャリアウーマンでたくさん稼いでいるというのに、じつに質素だ。

カズミちゃんとショーンは今日も朝から会社へ行っている。
昨日のように彼らの仕事終わりで待ち合わせをして、今夜はラッフルズ・プレイスに行くことになっていた。ラッフルズの像のある公園。そこから、リム・ポー・セン(Lim bo semg)の像まで歩いて行ける。そこへ行くことは私が今回シンガポールを訪れた目的の一つだった。晩ご飯はベジタリアン専門のインド料理店へ連れていってくれるらしい。とても楽しみである。

エレベータで階下へ降りる。
HDBフラット周辺には小さな商店がたくさん並んでいる。
金物屋さん、食堂、家電や家庭雑貨の店、散髪屋さんやネイルサロンもある。
スパイシーな香りが鼻をくすぐる。朝ごはんはキウイ一個で済ませていたので、お腹がすいてきた。川田くんとのランチタイムまで、まだ時間がある。

フラット周辺をお散歩したあと、ビーチロード沿いにある「ゴールデンマイルコンプレックス」という商業ビルに入った。二階はスーパーマーケットで、タイ製の食料品、日用品、洋服、書籍、あらゆるものを売っている。一階にはスナックやレストラン、地下はタイ風ディスコがあるらしい。
たしか数年前にもカズミちゃんたちと行った、タイフードレストランに入ってみた。
パイナップル・チャーハンというめずらしいものがあったので、それを注文。不思議な風味であった。
デザートが存外においしかった。お腹いっぱいになりすぎるので断ろうかと思ったが、断らないでよかった。時間がないと嘘をついたのに、「いますぐ出すから食べていってくれ」とお店の人が言ってくれたおかげである。
お茶を飲んで一息ついていると、レストランの中に杖をついたご婦人が入ってきた。
そして彼女は、レストランの円卓に着席している客らに、ティッシュを配りはじめた。
ただで配っているのではなく、売っていた。ティッシュを渡し、代金を受け取っている。
ティッシュ売りのご婦人は、私のところへもやってきた。
目が少し不自由らしい。
私はティッシュを買わなかった。こういうことがあまり好きではないから。
ティッシュを受け取らないかわりに、ランチのおつりを渡した。ちょっとでごめんなさい。
あとで聞いた話によると、それは糖尿病患者の人たちの団体の活動なのだそうだ。
糖尿病で目が見えなくなった人が杖をついて人混みにやってきて、募金活動をしているのだという。シンガポールではよく見られる光景なのだそうだ。

腹ごなしにしばらく大通りを歩いて、途中の商店をのぞいたりしながら、川田くんとの待ち合わせまで時間をつぶした。
一日中ごはんの香りがただよう住宅街を歩き回る。ここの住人たちはいつも何人かで集まってテーブルを囲み、なにかしら食べているようにみえる。いったいいつ働いているのか。

ラベンダー駅から地下鉄に乗るのだが、ラベンダー駅までの道を間違える。
途中で何人かに道をきいてようやく駅、予定の倍の時間をかけて駅に到着した。

電車に乗って4つ目のタンジョン・パガーで下車。
川田くんの名刺にあったセシル・ストリートのFrasers Towerというのを目指している。駅直結の大きなビルらしい。

タンジョン・パガー

やはりオフィス街には、いる人たちがちがう。
颯爽とスーツを着こなしたビジネスマンたちが足早に目の前を通り過ぎていく。
みんなカンパニーで働いている人たちなのだ。
そろそろランチタイムで、レストランがいくつか入っているビル一帯は混雑してきた。
ビルの一階入り口で川田くんに電話したが、彼はもうオフィスにいなかった。
私を駅で待ってくれていたのだ。行き違いになっちゃったよ。でも、ありがとう。

シンガポール シティ

オフィスビルの前で合流後、タクシーに乗って24KERONG SAIK ROADのAfter glow というお店へ。ベジバーガーとスナックを二人で食べる。
中学校を卒業してから、ミニクラス会で一度会っただけなのに、子どもの頃の友人ってなんでこんなに落ち着くのだろう。私は川田くん相手に、いま書いているもの、そしてこれから書きたいものについて、たくさん語った。

食後の美味しいソイラテをすすっていると、
「セントーサ島へ行ってきたら?」と、とつぜん川田くんが言い出した。
いま、海と交易の展示をやっている、ミルコはそれを見るときっといいよ、戦争博物館やフォード博物館は土日でも入れるけれど、セントーサ島は土日に混むから行くならいまだ、クルマを手配してあげるからと。
というわけで、私は急きょ、予定外のセントーサ島へ、向かうことになった。
川田くんは慣れた手つきでスマホを操り、ほどなくしてレストラン前に着けた黒塗りのクルマに私を押し込んだ。

<つづく>

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