ウサギは淋しいと死んでしまう。猫は好奇心で死んでしまう。マグロは止まると死んでしまう。生き物って、いとおしいと思う。
初心にかえって、クロテンについて考えてみる。
犬や猫のような愛玩動物でもない、牛や馬のように働かされるわけでもない、人間に食べられるわけでもない、けれど商業動物として無数の命が奪われていった。その多くが、人間の贅沢のためにーー
人間と暮らさず、どこにも属さず、何にも頼らない、一匹クロテン。
ひたすら森を駆けて、小川に架かった丸太を渡る。
木の実や、ときどき自分より小さな動物をとって食べている。
誰にも迷惑をかけていないのに、人間に追い回されて殺された。
シベリアじゅうでほぼとり尽くされて、絶滅しかけた。
私はガン治療のために肉食をやめたのだが、それ以降は、動物が人間の贅沢や過食の犠牲になることに胸を痛めてきた。しかし、ただ「動物がかわいそう」ではなんの役にも立たないなと思うようになった。クロテンを探しに出かけたことで、「人が自然のなかに入る」ことも、学びはじめた。
クロテンだって季節が来れば落ちる実ばかりを食べているわけではない。
逃げる動物を追いかけて、掴みとって、食らう。
木が育ち、実が成り、その実を食べにアカシカが集まり、アカシカを食べにトラがやってくる。リスが集まり、リスを食べにクロテンが集まる。クロテンを求めて人間もやってくる。そして人間はクロテンをちょっととる。そのようにして、みんな生きる。
人間も森の一部になることが自然なのだ。この地球で私たちも生きていくならば。
「私はテンに会えますかねぇ?」
佐々木史郎さんにしつこくきくと、「いちど田口洋美と会ってみるといいですよ」とおっしゃった。狩猟文化研究者の田口洋美さんは、「マタギ」研究の第一人者だった。
マタギは山とともに生きる人びとである。狩りをし、山の恵みで暮らす。
田口さんは電話でたいへん感じが悪く、「この日なら大学にいると思うけど」ていどのことしか、言ってくれなかった。
事前に編集者さんから連絡してもらい、言われた時間ぴったりに電話したのになかなかつながらず、やっとつながったと思ったら、なんだか声が怒っている。
「ああやっぱり、どこのウマノホネともわからぬヤツにやる時間などないってことなのかな・・・」
そう思ったら、悲しくなった。私がもし名前を言えばすぐわかる会社の人だったり、知れてる書き手であったならそんなことはない・・・と、いったん気持ちが落ちたのだが、話していくうちにこの人は私に怒っているのではなく、どうやら世の中全体に対して怒っている、そして彼がただならぬ人であることを予感して、とにかく会いに行こう、と決めたのだった。
<つづく>
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