第70回マラッカ王国のナゾ(2)ライスロード(稲の道)

マラッカ海峡は、東西交通の十字路だった。
東の中国と西のインドをむすぶ重要な交通路であったにもかかわらず、このあたりの古代史はほとんど文字に残されていない、研究者泣かせの地域のようだ。そもそも原史料がとぼしいうえ、16世紀以降の帝国列強による植民地支配のせいで、あったものさえバラバラに、言語もさまざまなものがまじりあってしまう。そのため史実があきらかになるのに時間がかかった。

この地域に「シュリビジャヤ」という海洋交易国家があったことがわかったのは、いまから100年ほど前だそう。シュリビジャヤ王国は、スマトラ島南部のパレンバンを拠点として、7世紀から14世紀ごろに栄えた。その頃、マレー半島南部は未開地域だった。シュリビジャヤ王朝の力は、現在のインドネシアとマレー半島全域に及んでいたとされるが、そのシュリビジャヤ・最後の王がマレー半島のマラッカへ逃亡、それが「マラッカ王国」のはじまりということらしい。

交易で栄えたといわれるこの地域、では交易で栄えるしかなかったのかというとそうでもなくて、ここで何が有名だったかというと、金だ。黄金がとれた。私がシンガポール行き便の機内で読んだ『マラッカ物語』(鶴見良行著、時事通信社)によれば、『ラーマヤーナ』という叙事詩など古いインドの伝承伝説に、インド人が金を求めて、この海峡一帯にぞくぞくとやってきたとある。その航海は苦難に満ちていた。大雨にも嵐にもまけず、飢えと渇きに苦しもうとも辿り着きたい「黄金の島」だった。

さらにモンスーンが「始まり終わる」転換点であったことから、インド・中国のみならずペルシャ、アラブ、ヨーロッパからの貿易船も、この地域とかかわらざるをえなかった。19世紀半ばに蒸気船ができるまで、「風」は航海の、つまり商売の重要マター。春と秋に入れ替わる季節風が、船の乗換駅のような役目を果たした。季節によっては、豪雨を伴う強風が吹いて、次なる地へ進む船も、元へ引き返す船も、風待ちでここにとどまった。

私がシンガポール駐在中の商社マン・川田くんのすすめでセントーサ島へ行くことになったところまで、第67回に書いた。私がそこで見たものとは、まさしく当時のそうした様子を再現したパノラマだったのである。海上でたいへんな暴風雨に遭いながら帆船をすすめる人びとの苦難の道のりを描いた映画が上映され、彼らがその先で獲得するスパイス、茶、織物など各種特産品・交易品の宝の山が、海賊や商人の人形と共に展示されていたのである。それを観ていたおかげで、イメージできる。川田くんに感謝。

当時はインドとマラッカ海峡を往復するのに二年かかった。
インドからマラッカ海峡に入ってきた船が、その南端の当時はシンガプラとよばれていたシンガポールを出るまでに、風待ちで数カ月は、海峡付近の港で待った。
マラッカ海峡の中は穏やかで、船はゆっくり進むしかない。ほとんど動かない船を狙って、海峡沿岸地域に人が集まる。地域住民はほとんど漁民だったが、それは表のカオで、じつは海賊・・・という、別のカオを持つ者も多かった。

一時的にステイする交易者たちの便宜をはかる商売が生まれ、宿場町が生まれた。
私がセントーサ島で見た映画では、乗組員数名しか描かれていなかったが、じっさいには多い時で200人近くが乗船していたようだ。彼らを養う水はもちろん、食糧も、マラッカ沿岸地域で補給されたということになるが、この地域にはどんな食べ物があっただろうか? まずタロイモ?そしてやはり米、である。

水田稲作の発達がなければ、宿場町の発展もなかった。
この地域のコメ作りのルーツは、マラヤ半島北部のタイ側にあるらしい。『マラッカ物語』の鶴見先生は、渡部忠世氏という方の研究<日焼き煉瓦に残った籾から栽培稲の分布と発展を論証しようとした>を紹介のうえ、マラッカ王国・最初の王の米を求めた道のりが、そこにあったと推察されている。

「渡部氏は、雲南、アッサムを発生源とする『稲の道』の一本が、ベンガルを経て、クラ地域に至る経路を想定している。マレーシアの米は、どこといって一本の親元に収斂させることはできないが、北部の水稲は、タイ側の影響だろうとする研究もある。
半島横断の河川路のうちで、最南端のものは、ムアール河を利用するものだが、ここも僅かに水田耕作のあった社会だった。のちにマラッカ王国建国者のパラメスワラが、マラッカに辿り着くまでの数年、ムアール河口に時を過ごしたのも、実は米があったからではないか、と私は想像している」(※本文より)

ムアール河・・・? アムール河なら知っているけど・・・(第29回「アムール河の波」を参照)・・・マレー半島にはムアール河が、そしてそこにマラッカ王国をつくった初代王がいたという。

<つづく>
※ 参考文献『マラッカ物語』(鶴見良行著、時事通信社)

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