第109回真島俊夫さんの「レ・ジャルダン」⑥タイスの瞑想曲

追悼コンサート企画の発生と前後して、私の参加する「ボッサ・アミガ」のライブがあった。アミガのことは、 第98回還暦クラス会(1) に少し書いたが、3年ほど前から活動している女性4人のボサノバ・ユニットである。

ライブは半年前から決まっていて、まさかその日までに自分が父を見送ることになるとはまったく思っていなかったので、悲しみ真っただ中の、ステージになった。度々リハで集まっていたメンバーには、支えてもらった。

そのライブで、アントニオ・カルロス・ジョビン(1927~1994)のMeditation という曲を演奏した。ボサノバをやっていればジョビンの曲ばかり・・となりがちなところ、ボッサ・アミガはそうでもなくて、メンバーによるアレンジで日本の歌謡曲などもやっているのだけれど、やはりみんなジョビンが大好き。私はこのグループでクラリネットのほかにフルートやサックスも演奏しており、Meditation はアルトサックスにした。

歌詞はメンドーサがポルトガル語で書き、ノーマン・ギンベルという人が英語詞を付けているが、Meditation と名付けられた曲は世界中にあって、どれも「喪失」をテーマにしているのだろう。私はジョビンのMeditation を、泣きながら吹いた。

 

そして一年後――またもやMeditation という曲を吹くことになった。こんどは、ジュール・マスネ(1842‐1912)の――19世紀末から20世紀はじめにかけて活躍したフランスの作曲家のそれである。彼が70年の生涯に二十数曲遺したオペラの一作、『タイス』第二幕・第一場~第二場の間奏曲。初期キリスト教時代のエジプトを舞台に、美貌の遊女タイスが、ある苦行僧パブヌティウス(オペラではアタナエル名)と出会うことによって信仰の道へ導かれ、聖女として死ぬ――という話で、原作はフランスの文豪アナトール・フランス。彼は44歳のときに最大の理解者となる女性と出会い、そのひとを愛人に得て、作家人生の最も充実した時期を迎える――『タイス』はそんなころ、彼女の支援によって生まれた小説(本の刊行は45歳のとき)であったという。

刊行から2年後にそれをオペラ化したジュール・マスネもまた、充実期にあった。『タイス』は、『マノン』(プレヴォー)や『ウェルテル』(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』)での成功をへた50歳ごろの作品(ほかにも『シンデレラ』(ペロー)や『ドン・キホーテ』(セルバンテス)など古典文学を題材にしたオペラを数多く残している)。話を書いた人も曲を書いた人もその創作人生においてもっとも脂の乗り切った時期にあったという奇跡、その奇跡の産物を私たちは受け取っている。

 

「タイスの瞑想曲(Meditation )をやりましょうよ」とゆりゆりに最初言われたときはあまりピンときていなかったのだが、吹くたびにどんどん好きになった。ああ、こういうものが名曲なのかぁ・・と、子どものように思う。

私には出版社の編集者だった過去があるけれど、その一時代を振り返っていろんな人を思い出してみても、ひとりの創作者が真に迎える充実期というのは、短い。あっというまに過ぎ去って、過ぎ去ったあとに、ああ、あれはもしかして・・・あれを書いたころが、それだったのかな~とぼんやりおもうくらいで、じっさいのところ本人にも周囲にもわからない。それがいったいなんだったのか、検証するのは少しあとの時代の人たちの仕事である。

私ははじめてクラシック演奏会のステージに立つという今回の経験を通して、遠い過去の、美しいものにふれている。そうした美しいものに仕え、継承していく演奏者という立場とはいったいどういうものなのか、それについて学べる幸せを嚙み締めている。

KYOKO YAMAGUCHI

そうこうするうち、母が退院した。家でごはんを食べるようになるにつれて元気を取り戻してきたので、ホッとした。

父の亡くなった日も、それ以降も、母は一度も涙を見せない。

私はこんどもまた、Meditationを吹きながら、泣いてしまいそうだというのに。

 

きっと入院中に、ひとりでこっそり泣いたにちがいない。

 

<つづく>

参考資料:CD『歌劇タイース』(ユニバーサルミュージック)

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