第83回ダッタン人の踊り(5)2ndクラリネット、デビュー ~士官候補生

ブラスバンド部の旗揚げは中学一年の秋ごろで、冬には曲を吹いていたと思われる。

ということは、そのころにはクラリネット最初にして最大の難関――「ラ(A)からシ(B)への修業」というものがあるのだが、それを克服していたことになる。クラリネットの鬼門だ。ギターでいうF。コードCやGは抑えられても、Fはフレットを一本指で押さえるのは難しく、しかしそこを乗り越えねば曲を弾けないのとおんなじで、クラリネットにもそれに準ずるものがある。

 

解放音「ソ」の次、「ラ」は、人差し指ハラの横っちょのフシを使い、キーをちょんと押す。

「シ」は両手指すべてで、穴とキーを押さえる。つまりラ→シは、一本指から全指への移行となる。特訓しなければならない。ラシラシラシラシ・・・・と、ラとシの往復を繰り返し、徐々にスピードを上げていく。

この音の橋渡しをスムーズにやるポイントは、手首だ。手首を少し返しながらおこなうとよい。

ここでクラリネットを挫折した人もいるだろう。また、いつまで経っても<ラ→シ>をスムーズにできないまま、クラリネットを吹き続ける人もいる。ビッグバンドのサックス奏者に多い。クラリネットを「持ち替え楽器」として、曲の中で必要とされる部分だけ、吹く人びとだ。

ラ→シ、吹奏楽の曲を吹こうとするなら、必ず乗り越えなければならない。私も、ここを乗り越えた。前世でクラリネットを吹いていたとしか思えないような速さで。

 

私の記憶がたしかならば、初めてもらったパートはスーザのマーチ「士官候補生」の、2ndクラリネットだった。

運動会でわが校において初の吹奏楽演奏が期待されており、そのためZは校歌や「君が代」のほか、マーチを準備していたのである。

「士官候補生」の原題は「The high school cadets」。今回検索してみたら、ワシントンDCにあった高校のドリル・チーム(吹奏行進隊)のために書かれた曲で、ハイスクール・カデッツとは、そのチーム名だという。

「候補生」は、「高校生」の間違い? 最初に邦訳した人が間違えたのか、それとも誰かが「こうこうせい」を「こうほせい」と聞き違えて広めたのか。若者たちの行進を勝手にイメージしていたが、軍隊とは関係あったのかなかったのか。

にしても、スーザという人はなんと素晴らしいマーチを多く作曲していることだろう。

ジョン・フィリップ・スーザ(18541932)はワシントン生まれのアメリカ人。移民であった父がワシントン海兵隊楽団のトロンボーン奏者だったので十代からそこに出入り。いったん離れてオーケストラでバイオリン奏者をやったあと、こんどはリーダーとして出戻り。海兵隊楽団を率いながら「雷神」や「ワシントン・ポスト」など多くのミリタリー・マーチを作曲した(生涯に338曲を書いて、うち138曲がマーチ)。退団後は自ら「スーザ吹奏楽団」を結成、第一次世界大戦でいったん解散したがその後再結成し、亡くなるまでレコーディングや演奏活動で全米をめぐった。

音楽だけでなくスポーツ万能で、まずアメリカの国技・野球(「国技」というマーチも書いた)、ボクシング、乗馬、テニス、ゴルフ・・・から、猟銃までたしなんだ。その一方で自伝や小説を書き、立奏に向かないチューバをなんとか行進しながら吹けるものに・・・と考案された低音楽器=スーザフォンの発明家でもあるという、多才な方であった。

「星条旗を永遠なれ」はじめ「ワシントンポスト」や「雷神」など、聴けば元気が出るし、涙も出る。「吹奏楽との出会い」(第79回)に書いたように、マーチの力にうたれて私はこの場所に運ばれてきた。

 

さて、2ndクラリネットを任された。

通常、吹奏楽においてクラリネットは3パートに分かれている。

1st クラリネットは、華だ。ソプラノ歌手。クラシックでいうなら第一バイオリンのコンサートマスター的存在である。3rdクラリネットは低音域を担う。木製楽器本来の音色を発揮できるし、時折ホルンやテナーサックスと仲間になるなど、1st2ndとはちがう、独立した動きをすることも多い。そこへきて2ndクラリネットは地味な存在である。中間管理職。主旋律を担う1stクラリネットに夫唱婦随でハモるというのが主な仕事で、ときどき対旋律らしきこともやる。

 

そのようにして1番、2番、3番となっているからには、1番がもっともえらい・・・とも言いきれないのだが、まあおおむね、そういうことになっている。

1st、ファースト。「歌い方」を決めるのは1stの人。したがって2番3番の人たちは、それに合わせなければならない。

やっぱりみんな、思うように吹きたい。だからできることなら、1stをやりたい――でも1stに選ばれるのは上手い人であり、選ぶのはたいてい指揮者だ。

ここで人数の多い吹奏楽部であれば「パート争い」ということが起ってくるのだが、旗揚げしたばかりの弱小ブラスバンド部にそんな余裕はなく、しかも私の学年にクラリネットは私ひとり。私は誰とも競争することなく、2ndクラリネットに席を得て、フシミ先輩とバンナイ先輩の左がわに座った。

 

与えられた役目がうれしかった。

「士官候補生」はマーチなので四分音符と二分音符のカンタンな譜面で、右足、左足、交互に体重をかけて、踊るように進む、ちょっとユーモラスな行進をイメージできた。

B5の二分の一サイズの粗末な紙に印刷された、擦り切れて読みにくい音符を懸命に追った。

 

「自学・礼節・鍛錬」を校訓としていた私の中学校は、体育を重んじていた。運動のできる子が優秀な子であり、運動できない子はダメな子のようだった。多くの70年代の中学校がそうであったように。

運動が苦手な私は、当然ながら運動会も苦手であった。

「体育」にまつわる全てのシーンが嫌でたまらなかった。

ところが、吹奏楽をはじめたことで、運動会の景色が変わる。

跳び箱を飛べなくても、逆上がりができなくても、私にはクラリネットがある――その自信は、一女子中学生の心を明るく照らした。

 

運動会当日は、校庭に白墨で描かれたトラックの外に、ブラスバンド部の場所が用意された。

トラックの内側で、いろんな競争や演技が展開されるあいまに、私たちは演奏した。

みんなが飛んだり跳ねたりするので土埃が舞い上がり、こまかい粉塵が楽器に降りかかった。どことなく砂っぽくなった楽器を手もとのハンカチでぬぐいながら、空を見上げる。

白い雲がぽっかりと、浮かんでいた。

<つづく>

参考:WIND ORCHESTRA 101 COLLECTION(CRCI-35035~35040)
※ブックレットはオリジナルCDスーザ・マーチ原典大全集の曲目解説(執筆・高橋誠一郎氏)より再構成したものを収録

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