第47回ダーチャに泊まる②

涙を出し切って落ち着きを取り戻すと、ますます自分の不甲斐なさに落ち込んだ。
イリーナに、呆れられたにちがいない。
そうなってくるともうこれ以上、ここにいてもイリーナたちに迷惑をかけるだけだろう。
しかしすぐさま日本へ帰ることはできない。日本への飛行機はないし、北京への便も一週間に一度しか飛ばない。
次の便まで、まだ5日もあった。少なくともそれまでは、このチタにいるしかないが、もう二人に会わず、このまま一人で過ごし、誰にも見送られず飛行機に乗る・・・自分を想像した。

途中なんども、サトルに連絡しようかと考えた。
サトルは、イリーナへの面会の段取りをつけてくれた人だ。ロシアに詳しい友人で、総合商社でロシア材を商っており、父の会社の後輩にあたる人物であることは、先にも書いた。
しかし彼は私に、「あとは自力で」と言い渡したのである。
そう、イルクーツクで大雨が降り、通訳さんがチタへ来られなくなった段階で、彼がよこしたメールにあった文字――<自力>が、アタマから離れない。

私は来た道を帰らない。ぐんぐん前へ進むのだと、決めたのではなかったか。この「ファーロード」という旅で。

日本にメールして、サトルを頼ることはカンタンだった。
サトルからイリーナに私の気持ちを伝えてもらえばいい、彼の饒舌なロシア語で。
しかしここでサトルを頼ることは、サトルの気持ちに応えないことでもある。
たくさん落ち込んで、たくさん恥もかいて、彼だってそうして外国語をものにして世界を渡り歩いてきた人である。その人が「自力で」と言っている。私へのエールに違いなかった。
どこまで一人でやれるか・・・今回のお題は、それなのだ。神様の計らいの、何らかの試練であるからして、この流れには逆らわないほうがいい。

けっきょくダーチャからいったん市内に戻り、ホテルに帰された私は、そんなことをつらつら考えつづけて、眠れない一夜を過ごした。

ホテルの食事

「明日の12時に、電話する」
昨夜別れぎわ、たしか彼女はそう言った。
しかし正午を過ぎてもイリーナから電話はなかった。

やっぱり・・・・。
昨夜の自分の行動をあらためて、私はふたたび落胆した。
私は一体何をやっているのか、いい年をして。
昨夜私はやはりダーチャに泊まるべきだったのだろうか。
いや、あのまま泊まっていたら私のことだ、まちがいなく体調を崩した。
これでいい、これでよかったのだ。

イリーナだって、家に帰って考えたにちがいない。勝手にチタへ来たいと言ってやってきた謎の日本人にふりまわされている、この事態について。
「だいたいなぜ私はミルコをかまっているのか? よくよく考えてみたら、そんなことちっともする必要がないじゃない」
そう考えて、自分が落ち込んでしまったかもしれない。

このままイリーナから何の連絡もなくなって、私は誰も頼ることなくこの地で一人過ごす。果たして無事に帰国できるだろうか・・・
ああでもない、こうでもない、と思いを巡らせながら横になっていると、とつぜん部屋のドアが激しいノック音とともに開いた。
「ズトラーストヴィチェ、ミルコ!」

ワンピースとバッグとアクセサリぜんぶが鮮やかなパープルで統一された華やかな装いのイリーナが、部屋にずんずんと入ってきた。
「ダバイチェ、アベイダッチ」
とにかくお昼を食べようと笑顔で言い、「ほら、行くよ!」と私を促し、先に歩きだすイリーナ。

まさかいきなり部屋までやってくるとは考えていなかったが、今日もちゃんと彼女に会えた。
私の心はにわかに上がり、イリーナの後を追いかけて、勢いよく外へ出た。

ショッピングモール

<つづく>

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