第34回ハバロフスク郷土誌博物館とシソーエフ動物園

初めてのハバロフスクはあまりに寒く、ほとんどなんにもできなかった。
博物館を見学するのが、せいいっぱいだった。
「ハバロフスク郷土誌博物館」はたいへん立派な建物で、外見より中がかなり広い。入口の展示を見ただけでクタクタになった。そこは動物たちの剥製で埋め尽くされていた。
「ハバロフスク地方の生き物」がぜんぶ特集されているのである。
小鳥から猛獣まで、もちろん私の見たいクロテンも、いた。
しかしクロテンは体を四つ切にされ、裂かれ開かれて、磔にされていた。
クロテンは「物」だったのだな、あらためて思うと、じつに不憫だった。
それはナイフや器のように、人びとが厳しい自然を生き抜くために使われた「物」だった。
トナカイも、同じだった。
クロテンが<衣類>になったように、トナカイは<家>になっていた。
トナカイの皮で作られたテントハウスが展示されている。そのそばに、全身豊かな毛をたたえた大きなトナカイの剥製。
ハバロフスクの子どもたちは課外授業でここへ来て、「トナカイは殺されて、このような姿になったのだ」と学ぶのだろう。

この博物館の元館長さんで、シソーエフさんという人がいる。
フセヴォロト・ペトローヴィチ・シソーエフ(Всеволод Петрович Сысоев)は、1911年ハリコフ生まれの狩猟学者。モスクワの毛皮業大学を卒業したあと極東の耕地整理の仕事を志願し、ハバロフスクへ。1941~46年は大祖国戦争で軍務、復員後ハバロフスク教育大学の学部長などをつとめたあと、1960年から年金生活に入る1972年まで、ハバロフスク郷土誌博物館の館長をつとめた。極東地方の動物たちについての著作も多く、それらは、岡田和也*氏の瑞々しい訳で、日本でも紹介されている。

シソーエフさんの本

シソーエフさんの本

そんなシソーエフさんの名を掲げた「シソーエフ動物園」はハバロフスク観光おすすめの場所のひとつで、私はT君との旅のあと、野口栄一郎さん(タイガフォーラム*活動家)の案内で訪れた。季節の良い5月の終わりだった。

私は森の野生動物を見たことがなかった。動物は動物園で、見ただけである。
マタギサミット*で会ったマタギの人が、こんなことを言っていた。
「動物園の動物は、顔が変わってしまっている。森にいる動物たちは、ほんとうにいい顔をしているよ。クマだってさァ、『うぉ~っ、たまんねえ~!』ていうくらい、もんのすごく、かわいいんだ」
・・・と、クマ撃ちなのに、クマにメロメロだった。
動物園の動物と野生動物ではぜんぜん顔が違うらしい。同じ動物とは思えないほどに。
それでもシソーエフ動物園ではアムールトラをはじめ極東の動物たちに会うことができ、楽しかった。

ただしクロテンはいなかった。お見合い出張中、とのこと。お嫁さんを見つけ、ファミリーを作り、子どもたちと一緒に動物園に戻れるよう、バイオロジストがどこかの森へ連れ出しているのだという。
クロテンを見られなくてざんねんだったが、私が見るべきは森の中のクロテンなので、そこは良しとする。クロテン君の婚活がうまくいくことを祈って、シソーエフ動物園をあとにした。

<つづく>

*岡田和也(おかだかずや) 翻訳家。元ロシア国営放送会社「ロシアの声」ハバロフスク支局員。著書に随筆集『雪とインク アムールの風に吹かれて』『ハバーロフスク断想 承前雪とインク』(共に未知谷刊)がある。
本文中のシソーエフ氏略歴は、『黄金の虎リーグマ』シソーエフ・V・P著 パヴリーシン・G・D画 岡田和也訳(新読書社刊)より

*マタギサミット 狩猟学者の田口洋美(東北芸術工科大学教授)さん主宰「ブナ林と狩人の会」。田口氏については第12~14回「殺しながら生きる」に

*タイガフォーラム 活動家・野口栄一郎さんについては第4回「毛のないクロテン」をご参照ください

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