第102回帰ってきたダッタン人④ オビ川からエニセイ川へ

エルマークの死後も、戦闘はつづいた。

ロシアはシビルになんども軍を送った。

シビルでは、中央アジアから来たセイヂャクが支配者になっていた。その支配地域はロシア軍によって奪われ、セイヂャクが取り返し、また奪われ・・・と二つの軍のあいだを行ったり来たりした。

エルマークの不在によって、モスクワへ引き返してしまう者も出るなか、少数のコサックがエルマークの遺志を継いで現場に踏みとどまり、地域の制圧に励んだ。

そこで踏ん張ること数年、シベリア再征服の命を受けた司令官グルコフ率いる新たな応援部隊が合流すると、ロシア軍は、セイヂャクら支配者を捕らえ、シビリに新しい町・トボリスクを開いた(1586年)。

その二年前、ロシア軍はチュメニという町を作っていたが、ほかにもいくつかの拠点を、タタール人(ダッタン人)の妨害に遭いながらも、オビ川系に生み出していく。そこへ次々と農業移民や流刑者を送りこんで開発していった。

 

なかでもトボリスクは、行政の中心地となった。

土地が耕され、林業や漁業、製塩がおこなわれ、シベリア経営のモデルケースとなる。税関が置かれ、探検者や農民は監視された。シベリア最初の修道院が建てられたのも、トボリスクであった。修道院は、移住者や流刑者を教育する役割を担っていた。

ウラルを超えてオビ川周辺にやってきたロシア人たちは、いくつかの町を経済的にも発展させた。その経済を支えていた主なものに、もちろんクロテンがいる。クロテンは外貨を稼げる、重要な資源だ。

オビ川流域開発にめどがつくと、こんどはエニセイ川をめざした(前回掲載の地図をご参照ください。「トボリスク」が抜けていて、ごめんなさい)。

先住民を脅してクロテンを獲らせ、先住集落の叛乱を制圧し、新道や越冬地をつくりながら、川をさかのぼり、また山を越えて、1604年、エニセイ川に到達する。いったん北の海へ出て、そこからターズ川(エニセイの東を流れる)をさかのぼる・・というルートだった。北洋航路はすでに十四世紀からノブゴロド人によって使われており、マンガゼヤという港があった。クロテンの積出港だった。北極海航路の原点がここにある。ロシア人が氷の溶ける夏にノルウェー人やオランダ人と交易していた(ポモール交易)。イギリスの船がときおりここへ調査に来て、ロシア人を警戒させた。クロテンという富の拠点をイギリス人に奪われまいかと恐れたロシア人が、港をまるごと焼き払ってしまったという話もある(参考文献①)

エニセイという川がどんな川か、チェーホフが書いた一文があるので、ご紹介しておく(参考文献①より引用)

 

<私は生涯にエニセイほど豪壮な川を見たことがない。ボルガ川を盛装した、しとやかな、憂いを帯びた佳人とするなら、エニセイは、その力と若さのやり場を知らない、たくましい狂暴な勇士であろう>――(『シベリアの旅』中村白葉訳)

 

これを読むだけで、美しくも荒々しいエニセイのうねりが伝わってくる。どれほど過酷な川渡りであったことか・・をイメージすると、ロシア人がロシアのヒストリーというもののなかでシベリア進出を重要マターに位置づけている意味がわかる気がする。しかしその一方で、主に仕事をしたのはコサックだよね?ということも、忘れてはならない。コサックは、もとはタタール(ダッタン)系なのだ。ロシアから流れた人もいるからややこしいのだが、わたしのテーマはあくまでクロテンなので、混乱を避けつつ、ここは「ロシア人」で話をすすめたい。

 

1598年、ロシアの軍司令官がコサック兵士400人を率いてイルトゥシ川低地にあった敵陣を襲撃。キルギスの草原に逃れた最後の君主・クチュムは、殺された。ここでシベリア汗国は終了した(参考文献②)ちなみにこのころの日本がどうしていたかというと、秀吉の天下統一(1590)がなされ、関ヶ原の戦いが勃発(1600)。周辺のアジアではヌルハチ一族(女真、「後金」=のちの「清」をつくる)が統一開始(1583~)、イギリスの東インド会社が設立されたのもこの時期だった(1600)。

 

エニセイを制圧したロシア人はさらにクロテンを追って、東へ、東へ、と進んだ。

オビ川からエニセイ川へ、エニセイ川まで来たら、次はレナ川だ!・・・となるのだが、オビ~エニセイ間と、エニセイ~レナ間は、あまりにも違う。地図をふりかえってみよう。エニセイ~レナ間の広大なことといったらない。

それでもここからおよそ百年で、ロシア人は太平洋へ出てしまうのである。

 

<つづく>

参考文献
①『シベリア』森本良男著 築地書館
②『コサックのロシア<戦う民族主義の先兵>』植田樹著 中央公論新社
③『シベリアの歴史』加藤九祚 精選復刻紀伊国屋新書

*当サイト内の文章・画像等の内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。