第89回ダッタン人の踊り(11)東京佼成ウインドオーケストラとの再会①

海では鄭和に任せた永楽帝が、陸ではみずから指揮を執り、モンゴル高原やシベリア、カザフから東ヨーロッパのリトアニアなどへ出かけて行った。

永楽帝がタタールに戦争を仕掛けた話から、タタール→ダッタン人の踊り→吹奏楽部の思い出・・・と長くなっているが、ウクライナ戦争でロシアとの交流ができなくなり、本の取材も棚上げとなったいま、どんなに遠回りしてもしすぎでないという気がしている。仕事の話も吹っ飛んで、一時は落胆したけれど、ここしばらくは気をとりなおして北方から南方へ目を転じてみつつ、書いてきた。

そして、けっきょくまたこの地域に戻ってきている。

 

先日、東京佼成ウインドオーケストラ(以下、TKWO)の事務局へ行くことになった。

TKWOといえば吹奏楽チルドレンにとっては親も同然、部活でコンクールを目指したことのある者ならだれでも、お手本にした演奏の楽団である。「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」のシリーズや、コンクール課題曲を私もどれほど聴いたことか。

大人になってからは、私がキングレコードに出入りしていた十年ほど前にご縁があり、その頃の話は第32回「強制収容所マガダンとフィル・ウッズ」に書いたことがある。かの真島俊夫先生にクラリネットコンチェルトの楽譜をいただいたこともあるくらい、いっとき濃くかかわっていたものの、私が自著に専念するようになった数年で縁遠くなって、吹奏楽のことも、TKWOのことも、しばらく忘れていたのだった。

「ダッタン人」を契機に、またご縁をいただくことになってうれしい。

 

広告代理店に勤めているコジマ君(前出・中学ブラスバンド部の同級生でコントラバス奏者)が、TKWOの理事長さんをご紹介くださるというので、一緒に事務局へ足を運んだ。杉並区和田――このエリアに普門館があったかと思うと、感慨深い。

理事長の勝川本久さんは精悍な青年で、足が長くてスリムスーツがよく似合う。歴史ある団体の理事長というと眉も髭も白い人かと思いきや、だいぶちがう。お若いが吹奏楽界での経験は豊富であるらしい。演奏者としてはトロンボーンで、現在は地元大田区を中心に、子どもたちへの音楽指導もおこなっているとのことだった。

会議室に招かれ、ひとしきり話をした。

勝川さんは私のホームページをごらんになって、この連載をお読みくださったとのこと。そして「ぼく、永楽帝が好きなんです」とおっしゃった。

こんど定期演奏会にお伺いすることになった。

 

後日、勝川さんよりいただいたお手紙に、永楽帝情報が添えられていた。

「いまBSトゥエルビでドラマをやっています」

勝川さんの指示どおり探してみると、あったあった。『永楽帝~大明天下の輝き~』

一回に2話放送されるというので、さっそく父(86)に録画を頼む。

 

私が観たころにはすでに何話か進んでいて、永楽帝のお父さん朱元璋の時代、元のさいごの残党を駆逐するあたりで追いついた。合戦シーンはほとんどCGだが、背景もキャストも、その服飾品や調度品もすべて豪華で、作品づくりに人とお金がふんだんに使われていることがうかがえた。こうして迫力ある映像で見せてもらえると、あらためてこの時期、モンゴル民族が暴れまわった末の繁栄なのかと考えさせられる。

永楽帝が「蒙古親征」する200年ほど前、モンゴル高原を統一したテムジンがハン(君主)の位に就任し、モンゴル王国が誕生した(1206年)。

東に金、南に南宋、西に西夏・西遼、イラン方面にホラズム王国。

それらは互いに対立し、もめごとが絶えず、この地域で交易をする人びとにとっては仕事のしづらい状況だった。そこへ誕生した統一国家。モンゴル王国は主要な道路を整備し、馬や食料を用意した駅をつくり、通行許可証を発行し、人びとの安全な往来を促して、貿易を奨励した。

 

1215年、チンギス・ハンは金の都(現在の北京)を落とし、そのタイミングでホラズム王国に使節を送り、友好を申し入れる。

ホラズムはそれを拒絶した。

金・銀・毛皮・絹・陶器・・・などの贈り物だけを奪った。

これがチンギスをカンカンに怒らせる。

そして大軍を遠征させ――(1219年)オラトル、ポハラを経てサマルカンドを奪い、ホラズム王国を滅ぼした。

それから六年後の秋。チンギス・ハンは西夏での陣中に死んでしまう。

ところが、あとを継いだ息子や孫たちが大活躍――オゴタイ・ハン(金をほろぼす)、パトゥ(ロシア・ポーランドへ侵入してキプチャク・ハン国をつくる)、フラグ(イランにイル・ハン国をつくる)、フラグの兄弟・フビライ(南宋を攻撃)――テムジンにはじまった遊牧ファミリーがユーラシアに大帝国を展開していく。

この頃にはまさか自分が、のちに追われることになるとは思いもよらなかったであろう、ダッタン人であった。

<つづく>

参考文献 『世界の国ぐにの歴史・14 中国』岩崎書店(鈴木亮 二谷貞夫 鬼頭明成 著)

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