第88回ダッタン人の踊り(10)オデュッセウスの大航海 ~オデッセイ序曲③

紀元前15世紀、バルカン半島南端のミュケナイ(ミケーネ)という地域で、文明が生まれた。王が君臨し、王制を敷いて、農作物や家畜を育てる民から税をとっていた。青銅器や陶器、剣や甲冑の製造もおこなわれていた。代表的な遺物に、トロイア戦争でギリシャ軍の総大将だったアガメムノンの黄金マスクというのがある。この文明をつちかった人たちが、現在ギリシャ語を話す人びとのおおもとで、彼らの土着のお話が語り継がれて、ギリシャ神話になったということである。

トロイア戦争は、絶世の美女・ヘレネの結婚をめぐるすったもんだ・・・いや、戦争のきっかけなどなんでもよかったのかもしれない。とにかくギリシャとトロイアの制海権をめぐる対立が激しさを増していき、ギリシャ軍がトロイアに侵攻した。

アマゾン族の女王やエチオピア王が大群を率いてトロイア軍を応援したが、アキレウスの活躍などあってギリシャ軍は優勢に。

高杉一郎さんが岩波少年文庫で訳されているホメーロスのもう一作品『イーリアス物語』は、十年にわたったこの戦争の、最後の一年ほどの話だ。アキレウスが、総大将アガメムノンと仲たがいをしたこと、そして親友パトクロスの戦死に遭い、その復讐をとげることになるいきさつ――などが書かれている。つまりホメーロスが叙事詩として残したとされているものは、「トロイア戦争終結」を境目にして、「その一年ほど前」と「その後、十年」の話で、オデュッセイア(=オデュッセウスの物語)は後者ということになる。

 

いわゆる「トロイの木馬」でトロイア軍をだまし討ちにしたギリシャ軍は、街を焼き払い、男たちを皆殺しにし、女たちのことは捕らえ、女と戦利品を自分たちで分け合った。戦勝国なら当然のようにやることをやったまで・・・だったのかもしれないが、一人がアテネの祭壇に隠れていたトロイアの姫(カッサンドラ)を引きずり出して、犯した。これが、神の逆鱗に触れる。

 

勝ったギリシャ軍につぎつぎと災難が起こり、トロイア出航時には1000隻以上あった船はわずか数十隻に。なんとか生き残った者たちも不運に見舞われてゆく。なかでも、「トロイの木馬」の計略でギリシャ軍を勝利にみちびいたオデュッセウスの帰国は、困難を極めた。

 

オデュッセウスは愛妻ペネロペと息子テレマーコスの待つ故郷イタケーを目指すが、そのゆく手にはさまざまな怪物や魔物が待ちうけており、彼は結局すべての船と仲間を失って、地中海をさまようことになる。

その航海について読みながら、なんだか他人事とは思えないので、ここに書いていく。ちょっと長くなりますが、お付き合いください。

 

(1)トロイアを出発、イタケーをめざす。

(2)嵐に巻き込まれ、ロトパゴス人の島に漂着。

「食べると記憶を失う」という甘いハスの実をすすめられ、従者たちが食べてしまう。

 

(3)一つ目巨人の棲むキュクロプスの島に上陸。

オデュッセウスが一つ目巨人ポリュペモスの洞窟に閉じ込められる。ポリュペモスは、海の王ポセイドンの息子。

オデュッセウスは、巨人が酔いつぶれた隙に、その目を丸太で突き刺して洞窟を脱出する。本件以降、オデュッセウスのゆく先々でポセイドンが邪魔をする。そのためオデュッセウスはなかなか思いを遂げられず、物語はどんどん長くなっていく。

「ポセイドンはひどく腹を立て、それ以後は憎しみをもってオデュッセウスを追いかけまわし、ふたたび故郷の土を踏もうとしている彼の努力を、みんなぶちこわしているのだ」(ゼウス談)

ちなみに、目をつぶされたポリュペモスは、「いったい誰にやられたのか」と仲間に問われて、「誰でもない」と答える。オデュッセウスが自分の名前は「ダレデモナイ」だと、巨人に教えていたのである。これもオデュッセウスの計略の巧さとして語られるエピソードの一つ。

(4)風の神アイオロスの島に着き、「風」を閉じ込めた袋をもらう。

おかげで船は風に邪魔されることなく、いったんイタケーに近づく。

ところが帰国を目前にして、従者がこっそり袋を開けてしまう。

袋から逆風を受けて、一行は出発地点に引き戻される。

 

(5)食人族の巨人ライストリュゴン人の島に漂着。

巨人は船に大きな石の雨を降らせると、従者たちを串刺しにして食べてしまう。

 

(6)アイアイエ島に着く。

魔女キルケの歓迎を受けた一行は、酒を呑まされ、豚に変えられてしまう。

オデュッセウスは魔女に気に入られ、しばらくこの島にとどまる。

 

(7)魔女キルケの助言に従い、予言者テイレシアスに会いに行く。

「ポセイドンの怒りはおさまっていない、だから今後も困難な旅は続く。それでも帰国は不可能ではない」との予言・・・・「あきらめるな、オデュッセウス‼」と声をかけたくなる。

 

(8)美声の怪物セイレンの棲む島へ。

セイレンは美しい歌声で船乗りたちを誘惑して、船を難破させる。

オデュッセウスは従者たちの耳を蝋で塞ぎ、セイレンの歌を聴けないようにした。

スタバのロゴマークはこのセイレンに由来しているらしい。

 

(9)海の怪物スキュラとカリュブディスのいる海峡にさしかかる。キルケの助言で、スキュラのいるほうへ進んだオデュッセウスの船は、海峡を通過。

 

(10)トリナキエ島に上陸。

「神聖な家畜を食べてはいけない」という忠告を聞かずに食べた者があって、神の怒りを買う。船は海底に沈められ、怪物カリュブディスの渦潮に呑み込まれたオデュッセウスは、一人だけ生き残る。

 

(11)オーギュギア島に漂流。

オデュッセウスは、ニンフのカリュプソに誘惑され、島に引き止められ、7年ほどを過ごす。しかしゼウスの遣いがやってきて、オデュッセウスを解放するようカリュプソを説得。オデュッセウス自身も旅立ちを決意。

筏に乗ってカリュプソの島を発つが、その姿を見たポセイドンがまた怒って嵐を起こす。

オデュッセウスは海に投げ出されるが、海の女神レウコテアの助けを受ける。

 

(12)バイエケス人の国に漂着。

アルキノオス王の娘ナウシカアに助けられたオデュッセウスは、王宮に招かれる。

宴席で吟遊詩人がトロイア戦争をテーマに弾き語るのを聴いて、つい涙してしまい、自身がイタケーの王であるという正体がバレる。彼はこれまでの厳しい航海について、アルキノオス王に打ち明ける。

 

(13)話に感動したアルキノオス王が、オデュッセウスのために立派な船を用意する。それでようやっと、オデュッセウスはぶじ帰れることに・・・・・・と、ここまでが苦難の旅路。で、この間オデュッセウスの家族がどうしていたかというと、彼らもまた、苦しめられていた。オデュッセウス不在のイタケーで、美貌の妻ペネロペには求婚者が押し寄せ、彼らが横暴をはたらくので、オデュッセウスの息子テレマーコスは怒り、ひどく困っていた。

 

そこへ帰還したオデュッセウス、女神アテーナーのアドバイスにしがたい、正体を隠して館へ。アテーナ―はオデュッセウスの知恵や計略を気に入っていたので、これまでもずっと彼の人生を見守ってきた神様だった。

 

そして、浮浪者の恰好をして館に着いたオデュッセウスは、「12の斧の頭の穴を射抜いた者がペネロペに選ばれる」という勝負に勝つ。そこでボロを脱ぎ捨て、「われこそがオデュッセウス王であるぞ」と正体を明かし、求婚者たちを皆殺しにし、愛妻ペネロペと再会を果たし、抱き合って眠りについたところでThe End.

 

はい、やっと終わりました。

ではこうした彼の旅路をふまえまして、「オデッセイ序曲」を聴いてみましょう――

 

このタイミングで、ちょうどコジマ君から連絡がきた。

「当時の録音が手に入ったよー」

なんと40年前の私たちの演奏の音源を、ブラスバンド部で一学年下のシンくん(Tp)が、オープンリールのデッキで起こしてくれたというのである。

<つづく>

 

参考文献:

『ホメーロスのオデュッセイア物語』(上・下)、『ホメーロスのイーリアス物語』ともに岩波少年文庫、バーバラ・レオニ・ピカード作 高杉一郎訳

『はじめてのギリシャ神話解剖図鑑』発行・エクスナレッジ 監修・河島思朗

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