会社をやめて、出版業界のサイクルから抜け出た私は、考えた。
私はすでに本の送り手ではない。
本を受け取る側、である。と同時に、無職になった。本の買い方、も変わった。新刊本にこだわらなくなったし、買うときには「この本にお金を払っていいかどうか」、慎重に吟味するようになった。
それでも、退職してから買った本が、私の家にはあふれている。
それらはみんな、会社をやめて独りになった私を支えてくれた、大切な友人である。
本は私を裏切らない。
本を手にすると、必ずまずいちばん後ろのページ(奥付という)を開けて、初版日をチェックする。私が買うのは新刊でないものも多いので、奥付の日が2009年以前であるときはそれをみながらしみじみ思う。
「私がモクモクと本の生産に励んでいたころ、別の場所で、これを一生懸命書いていた人がいて。そこにも編集者がいて。同じようにがんばっていたのだなあ」
時が経ち、ほかの誰かの手になる本で、私は知恵を授かったり、感動をもらったり、励まされたりして、また新しい何かにチャレンジしたいと思うようになった。
私が手放した仕事の中にも、きっとある。
どこかの誰かの背中を押したこと。
こうしてみんなの仕事は、巡り巡っていく。
グルグル、グルグル。
そう考えていくと、仕事というものはやはり長い時間をかけて成されるもので、直近の問題や目の前の結果だけにとらわれていてはならない。近場ばかりに目が行って、その事態にいちいち気持ちが落ち込むようではいけない。
そこで、「編集講義」である。
私は大学で先生をやることになった。大学生に「編集」を教える。
出版社をやめて時がたち、「編集者ミルコ」はとうに死んだことにしていたのに・・・・
その話を、河出書房新社の小野寺優さんにした。
「面白そうじゃない」
「・・・で、いまは編集者じゃない私が、どこからなにをどう伝えようかと考えていたんだけど。<本の一生>をやろうと思うんですよ。本が生まれて死ぬまで、をたどるという編集講義。なぜならすべてはグルグルだから」
「グルグル?」
「はい、グルグル。会社をやめてヒマだったのでいつも考えていて。で、世界はグルグルでできているなあと思って」
「ふ~む。グルグルは物事の繋がりでもあるし、果てしない思考でもある。出版社をやめたいまだから見えてきた、編集という仕事について考えるグルグル・・・という理解でいいのかしら」
そう言って小野寺さんは私の目の前で、何本かの電話を素早くかけた。
で、最初に紹介されたのが、河出書房新社OBの野澤慎一郎さんだった。
ほどなくして私のもとに届いた野澤さんからのお手紙には、野澤さんが小野寺さんの営業部時代の先輩で、かつては毎日のように一緒にお酒を飲んだり食事をしたり、共に仕事に励んでいたこと、そして定年後は、古紙再生事業をしている会社「富澤」の顧問をされていること、などが書かれてあった。
そして同封されていた冊子が二冊、一つは富澤さんのもので、もう一冊は出版倉庫業務を営む「河出興産」の会社案内だった。
私は手紙に添えられていた野澤氏の携帯番号にかけて礼をのべ、さっそく倉庫と古紙再生工場の見学希望日を伝えた。
<つづく>
*『ミルコの出版グルグル講義』(河出書房新社)収録・「本が生まれて死ぬまで」を一部改稿して掲載しています。
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