第26回ロシアの寒さ

ロシアの寒さが手ごわいということは、おおいに予測がついた。
行ったことがないのにわかるのか?
いや、私にはわかるのである。なぜなら私は氷屋さんでアルバイトをしたことがある。

あれは忘れもしない、高校三年の夏休み。
吹奏楽部でクラリネットを吹いていた私の、いつもとなりの席で吹いていた一つ年下のクラリネット男子・マナブ君の紹介で、葛飾はお花茶屋にある製氷工場へ、夏休み数日間のアルバイトに行った。

マナブ君の親戚がやっているというその製氷工場は、当時出来たばかりの東京ディズニーランドのレストランやジューススタンドに氷を卸していた。
その年、夏真っ盛りにディズニーランドの製氷機が壊れたとかで、マナブ君の親戚の会社に注文がどっと増えた。人手が足りないので、マナブ君が吹奏楽部の仲間に声をかけたというわけだ。私はぜひとも彼の力になりたいと思い、即、アルバイトに立候補した。

夏のコンクールが終わり、毎日一緒だったマナブ君と会えなくなるはずの夏休み後半に、思いがけずこの話が舞い込んできて、私ははりきった。
たしかちょっとかわいい服を着て、待ち合わせに向かった。
お花茶屋の工場に着き、製氷の現場に入ると、さかな屋さんふうの、ぶ厚いビニールの全身エプロンのようなものが作業着として支給され、服はどうでもいいことが判明した。翌日からおしゃれするのをやめた。

仕事場は十畳ほどの狭い場所に大きな機械がめいっぱいの状態で置かれており、機械は背が高い。そのいちばん上から巨大な氷の塊を入れると、なかでガラガラと砕かれて下に落ち、落ちてきた時にはもう製氷されている。
私たちアルバイトは、その砕かれた氷の山をスコップで掻いて、それをビニール袋詰めにして計量する。ぴったりの重さで袋をとじて、その袋詰めされた製品(コンビニなどで売っているロックアイスの状態)をダンボールに詰めて、箱を倉庫へ運ぶ。そうした一連の仕事を手分けして、流れ作業でおこなうというものだった。

仕事場は、もちろん寒い。氷が溶けないよう、0度に設定されている。さらに寒いのが、倉庫だ。なんとマイナス30度。ここで私は氷点下の温度というものを、生まれて初めて体験したのである。

おもては酷暑30度、仕事場は0度、そして倉庫が極寒マイナス30度、という計60度差の3ヵ所を、なんどもなんども行き来した。
倉庫は入った瞬間に、鼻の奥がピシピシッと、鼻水が一瞬にして凍った。
「寒い」という感覚はすでになく、ただただ、「これはかなわない」という温度であった。
ロシア・シベリアに生きる人びとは、こうした寒さにおどろかない。


<つづく>

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